こんにちは、まいこです。
今日はつらつらと感じたことを書き留めたいと思います。
不思議体験、皆さんはありますか?実は私の父方には結構その手の話が多くあり、私もいわゆる霊感はないのですけれどちょいちょい不思議なことを経験してきました。なのでスピリチュアルっぽいものには興味があります。
ですが正直に言うと…いわゆるスピリチュアル系にはお金の匂いがするものも多く、それは真の意味でのスピリチュアルじゃないなと感じています。
スピリチュアルとお金って、結びつきやすいものなんだろうなぁと思っています。おそらくどちらも根底に、「よりよく生きたい」「人生を豊かにしたい」という人の根源的な願いがあるからでしょう。
自分の霊性を成長させて「よりよく生きたい」「人生を豊かにしたい」というのも、お金の力を使って「よりよく生きたい」「人生を豊かにしたい」というのも、それぞれ筋の通った生き方だと思います。思いますし、両立もできると思います。霊性と稼ぐ力それぞれを鍛えて、目標である「よりよく生きたい」「人生を豊かにしたい」をふたつのアプローチで目指すことってできると思うので。
ただ、世の中のスピリチュアル系は、「よりよく生きたい」「人生を豊かにしたい」ことよりも、「霊的な力を使ってお金持ちになるぜ」が最終目標になっちゃってる?と感じることがありまして。なんていうのかな。霊性がお金持ちになるための手段でしかないっていうか。
本来は、霊性と稼ぐ力はどちらも人間として備えておきたいものだと思うんですが、優劣があるというか上下があるというか、つまりは拝金主義?みたいなものを感じるスピリチュアルっぽいものが、巷には結構あるなぁという印象です。
で、こういった実は拝金主義なんだけどスピリチュアルっぽいものって、いいこと言ってるからつい近づきすぎちゃうってあると思うんです。霊性が鍛えられるかも!と思って飛び込んでみたら、いつのまにかお金至上な世界線にいた、みたいな。
若い頃は私も散々スピリチュアルっぽくみえるけど実は拝金主義なものに近づきすぎる経験を繰り返してきました。だいたい何かうまくいかなくなりフェイドアウトするパターンで大火傷は避けてきたのですけれど、あのままあの世界線にいたら…と感じることはあります。
遅ればせながらお金の勉強を真剣にし始めて思うのは、実は拝金主義のエセスピリチュアルについつい騙されちゃう?のも、お金のことを知らないからなんだろうなぁということ。
お金とはなんなのか、お金との付き合い方、お金の持つ働きや力をちゃんと学んでいくにつれ、そもそも「霊的な力を使ってお金持ちになろうぜ」は成り立たないんだなって感じることが増えました。お金はもっと、かなり、シビアというか現実的というか数字の世界で、霊性とは別の道なんだなと。だからこそ、霊性も鍛えつつ稼ぐ力も鍛えることができるんでしょう。
なんていうかなぁ、霊性を鍛えればお金持ちになれる、ということでもないし、お金持ちになれば霊性が磨かれる、ということでもないと思うんです。「自分の人生を豊かにする」という山頂の目指し方として、霊性を磨くという登り方もあれば、お金持ちになるという登り方もあって、どっちも間違ってないし、一度に2方向から登り始めてもいい、そんな感じ。
先にお伝えしたとおり、我が家系は不思議体験が多いせいか、霊性を鍛えることは大切かもな、と思う場面は多くあり、この道で人生を豊かにしてゆきたいという思いがあります。それとは別に、お金のことをちゃんと学び始めてからは、お金というこの世の仕組みをきちんと理解し上手に使って、人生を豊かにしてゆきたいと感じています。どちらか片方ではなく、両方の上り方で自分の人生を登っていけたらいいな。
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